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2010.12.28 Tuesday

思わぬところで、懐かしい名を…

昨日は、早朝撮影の後仮眠をとり、川崎大師に出かけた
大師周辺の町並みに古いものが無いか、気になっていたからだ。
京急大師線の「川崎大師」駅から表参道を歩く。
参道は土産物店が並び、どこも似たような雰囲気だが
ローカル感が中々よくて好きですね
ここは、飴と葛餅がお土産物の中心で、あとはダルマ、縁起物の熊手ですか
初もうで直前の土産店街は人通りもまばらで、店もやる気なし。
甘酒屋は寒いのでチョット気を引かれたが
街を抜け「川崎大師」境内へ入る。境内は初もうでの準備が整いつつある


 
境内を何時ものようにうろつくと、「まり塚」に出くわした。
「まり」は太神楽で使う毬の事だろう。 


この塚を囲む石の柱は、日本伝統の太神楽協会の人々が奉納したもののようで
寄進者たちの名が刻まれている。
東京太神楽曲芸協会会長「小仙」師匠の名が大きい。
私の知る太神楽の「仙翁」師匠は、以前「鏡味 小仙」を名乗っていたから
多分その先代、十二代目の家元「鏡味 小仙」師匠であろうか?
今度「丸一仙翁」師匠にお会いしたとき尋ねてみたい
石柱に刻まれた名を見ていくと、故「サイクル松林」さんの文字に目が吸い寄せられた。
チョットしたショック
「サイクル松林」さんとは、第1回「野毛大道芸ふぇすてぃばる」の時
(1986年)からの知り合いだった。
川崎大師の境内で、その名が刻まれた石に対面するとは思いもしなかった
一輪車曲乗り芸人「サイクル松林」さんはおそらく一時
鏡味一門」に席を置いていたのかも知れない。
石に刻まれた右から三番目「丸一仙寿郎」は現在の「丸一仙翁」師匠であろう。


「サイクル松林」さんの葬儀が済んだ数日後
カメラ「マミヤシックス」をお父上から形見分けとしていただいた
芸人として全盛期「楽屋の博打で、現金の代わりに
芸人仲間から高価なカメラをもらった」と
「サイクル松林」さんから直接聞いたことがあった。
それがこのオリンパス製ズイコウレンズ付き
「マミヤシックス牽揃拭であると、私は思っている

ズイコウレンズ付きは定評が高かった

「マミヤシックス牽揃拭廚1956年5月のカメラ雑誌の公告によると、¥25,800円である。
カメラは非常に高価だった。「マミヤシックス牽揃拭廚
今もフイルムを入れるとしっかり写る。
今は流石にこのカメラの出番はないが
「サイクル松林」さんの記憶とともに大切にしている

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